娯楽映画の王道としてサスペンス映画があり、その頂点にはヒッチコックがいる。
ロバート・ゼメキス監督が、ヒッチコックを越えるスリラーを目指した本作。
「ヒッチコックが生きていてCGを使えたらどうするか」――ゼメキス監督は、CGの担当者にこう指示したという。
「タイタニック」のCGを制作した担当者は「コンピューター技術は映画の物語を深めるためにある」という考え方から、どこでCGが使われたのかを感じさせない自然な映像をつくりあげた。
著名な数学者のノーマン(ハリソン・フォード)と、妻のクレア(ミシェル・ファイファー)は、ヴァーモントの湖のほとりの大きな家に住んでいた。クレアは娘を溺愛していたが、娘が大学に入って家を出てしまう。寂しさに苛まれるクレアの周りで、不気味な現象が起こり始める。
BGMが消え、緊張感が高まっていくと、突然、わっと驚かせるような画面が飛び出す。それが5分に1回はやってくる。
目の肥えた人だと、そろそろ来るぞと冷めた目で見てしまいがちだが、この映画ならハマるだろう。それは、物語が静かに静かに進行するからだ。見るものを構えさせない、平凡な生活が淡々と描かれている。
これは、ハリソン・フォードとミシェル・ファイファーの演技力によるところが大きい。
特に前半のハリソン・フォードは、いるのかいないのかわからないほど存在を感じさせない。個性を感じさせない演技から、演じるということの一側面を考えさせられる。
この映画のテーマは、男の浮気。
夫のたった一度の過ちから、家庭が崩壊し、夫は身を滅ぼすことになる。
サスペンス映画で、このテーマが扱われることは多い。
2時間、ハラハラドキドキを楽しむスリラー映画。男女を問わず恐怖感を与え続けられるが、特に世の男性諸君は浮気の恐ろしさを感じることだろう。
だが、これは説教くさい映画ではない。見終わったあと、やっぱり浮気は恐いな、そんな気持ちが残るのだ。
アメリカの離婚率は、約50%と高い。現代のハリウッド映画のほとんどのテーマは家庭の崩壊と再生である。
家庭の崩壊から起こる悪影響は数知れない――犠牲になる子ども、少年犯罪、精神の病、麻薬、性犯罪などなど。
金と時間が余ると、人はろくなことをしない。
金はないくらいの方が幸せではないか。
また、家庭という幸福の基盤の大切さ。映画を見ながら、そんなことを思った。